記憶の底に 第8話


ベッドに寝かされたルルーシュの顔は青白く、呼吸は早く、浅かった。時折体が痙攣するのを、C.C.は静かに寄り添い、その体を押さえ、幼子をあやす様に頭を撫でた。

「ルルーシュ、もう大丈夫だ。私が来た。目が覚めたら、お前をこの呪縛から解放してやるよ」

だからもう大丈夫だ。
そう口にしながら優しくルルーシュの髪を梳く。
その様子を、スザク、ロロ、ジノ、リヴァル、シャーリー、ミレイはただ見ているしかなかった。
どれぐらい時間が経っただろうか。10分ほどだったかもしれない。ルルーシュの呼吸が落ち着いた頃、C.C.は今までの優しげな表情を消し、ロロを見た。

「で、機密情報局が来ないという事は、お前、何かしたな?」

その言葉に、スザクは今まで忘れていたのか、ハッとした顔になった。

「機密情報局って何だ?」

ジノが当然の疑問を口にする。

「皇帝直属の部隊だ。この学園の教師の大半は機密情報局の者だし、学園とこのクラブのいたるところに仕掛けられた監視カメラで私がここに居る事に気づいているはずだ。だが、誰も来ないからな」
「・・・まさか、ロロ」

スザクはさっと顔を青ざめ、ロロを見た。

「殺してはいません。全員気絶させ縛り上げましたが」

平然とした顔でロロは答えた。

「ロロ、君は陛下を裏切るつもりか!?」
「待てスザク、何の話だ?陛下の機密情報局がどうしてこの学園に居るんだ!?」

ジノはスザクの追及をさえぎり、そう尋ねた。

「そうよ、どうしてうちにそんな人たちがいるのよ!?」

この学園の理事長の孫であるミレイもまた、スザクに詰め寄る。

「・・・」

話せる内容ではない。
スザクは口を閉ざし、目をそらした。

「そいつに聞くのは酷な話だ。枢木がこの学園に戻ってきたのも機密情報局の最高責任者となるようにという、皇帝の勅命だからな」
「C.C.!」
「ルルーシュを監視し、その記憶が戻ったなら殺せ。それがスザクとロロが皇帝に命じられていた任務だ」

スザクの呼びかけを無視し、C.C.は何でもない事のようにそう口にした。

「な、なんだよそれ!?ルルーシュの記憶ってなんだ!?」
「ルルを殺すって、スザク君本当なの!?でも何でロロも!?」
「作り話にしても笑えないわよ、真面目に説明して」
「そうだ。ロロはルルーシュの弟なのに、どうして兄であるルルーシュを殺すって話になるんだ」

皆が口々にそう言うのを、C.C.は表情を変えずに聞いていた。

「いや、皆、これは・・・」

スザクはどうにか誤魔化そうと口を開いた時、C.C.はスザクを制止した。

「この牢獄が解放された今、偽りを口にする意味も無いだろう。とはいえ、私が記憶を修復できるのは、私の契約者であるルルーシュだけだ。ここに居る他の者の記憶は残念ながら私には戻せない」
「記憶の、修復?」

ミレイが怪訝そうな顔でそう尋ねた。

「そうだ。今この部屋に居る者は私以外全員記憶を書き換えられている。偽りの記憶を植え付けられているんだよ」

そのC.C.の言葉に、みな信じられないという表情で顔を見合わせ、スザクとロロだけは驚きをその顔に乗せた。

「まってC.C.。全員って僕も!?」
「どういう事ですか!?一体何を改竄されてるって言うんです」

真剣な表情で問い詰める二人に、ミレイ達はもしかして純粋なこの二人はこの女性に騙されているのではないかと眉を寄せた。

「私も全てを知っているわけではないが・・・ああ、起きたかルルーシュ」

C.C.がふと視線を下げそう言ったので見てみると、ルルーシュが目を開き、こちらを見上げていた。

「君は・・・」
「久しぶりだなルルーシュ」

C.C.はルルーシュを見降ろしながらそう言った。

「え?すまないが、俺は君の事は知らない。人違いじゃないか?」

記憶力に自身のあるルルーシュは、記憶に無い女性にそう答えながら身を起こした。そのとたんに強い渇きを感じ、思わず喉に手を当てる。

「喉が渇くんだろう?それは、お前の言葉に反応して起きている拒絶反応だ。本当は知っている私を、知らないと言ったお前自身の言葉に体は否定の声をあげているんだ」
「・・・すまないが、言っている意味が解らない」
「まあ、そうだろうな。」

C.C.はいたずらっ子のようにくすりと笑うと、ルルーシュに手を伸ばした。

「お前に掛けられた記憶の封印、今ここに解き放とう」

C.C.は両手をルルーシュの顔に添えると、そのまま口づけをした。
その様子に、当然全員が硬直する。
それはほんの数秒のことなのだが、酷く長い時間に感じられた。
数秒後、C.C.が顔を離すと同時に、スザクがC.C.の腕をつかみ、ルルーシュからC.C.を離した。

「なんだ。お前怖い顔をしているぞ?」

何でもない事のように言うC.C.に、スザクの眉間の皺はますます深くなった。

「何だじゃない。何をしているんだ君は!」
「何をって、キスだが。見て解らなかったか?」

お前にだって経験はあるだろうと、C.C.は魔女の笑みを浮かべながら首を傾げた。

「そう言う事じゃなくて!」

スザクが怒鳴ると、ようやく硬直が解けたのか背後から困惑する声が次々上がった。

「キ・・キキキ、キス・・・ルルと、キス・・・」
「あ~ら~、随分と積極的なのね・・・」
「うわぁ、うらやまし・・・いえ、羨ましくないですよ全然!おれは会長だけですから!」
「兄さんの唇が!C.C.!何してるんだよ!」
「ルルーシュに・・・って、私もまだしてないのに!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ面々に、地獄の底から響くような声が聞こえた。

「いいから、全員黙れ!」

全員がびくりと身体を震わせた後、そろそろと視線を向けると、そこには左目を手で覆い隠し、不愉快そうに顔を歪めたルルーシュがこちらを見ていた。
今までの呆けた表情とは一変し、冷たく鋭い眼差しをこちらに向けている。

「ああ、忘れていた。記憶が戻ったことでギアスも戻っているからな。これを使え」

C.C.はポケットから小さな箱を取り出すと、ルルーシュに手渡した。
箱を開けるために、その顔を覆っていた手が降ろされると、隠されていた左目は先ほどまであった深い紫の瞳では無く、深紅の瞳に代わっていた。
まるで血のように赤い瞳に、皆が息をのんだ。

「・・・ギアス」

スザクは恨みを込めるかのようにそう呟いた。

「ああ、今ルルーシュにしゃべらせるなよ。こいつのギアスは暴走している。全ての言葉に力が行使されるからな」

そう言うと、C.C.は勝手知ったるルルーシュの部屋と言わんばかりに、手鏡をどこからか持ってきてルルーシュに渡した。

「光情報を遮断する特殊なコンタクトレンズだ。とある響団でお前専用に開発されたものだから、瞳の色はお前に合わせている」

つけても色に違和感は無いはずだ。

「とある響団?」

コンタクトなど着けるのは初めてのはずなのに、手先が器用なルルーシュは、自然な動作で左目にコンタクトをはめた。深紅の瞳が元の紫の瞳に戻る。

「・・・なあルルーシュ。私との契約を覚えているか?」
「お前の願いを一つだけ叶えるという、あの契約か?ようやく願いを口にする気になったか?」

先ほどまで初対面の人物に対して話していたはずなのに、このルルーシュはさも当たり前のようにC.C.と会話を交わしていた。
その様子で、記憶の改竄と、記憶の回復の話が本当なのだと皆感じていた。
何せこれはルルーシュだ。
ミレイが絡まない限りこんな手の込んだ演技はしないだろう。
そんなルルーシュの耳に顔を近づけ、C.C.は何やら小声で話し、ルルーシュはその内容に眉を寄せた。

「それが願いか?」
「ああ。それが願いだ」
「まったく、お前は随分と酷い女だな。まあいい、お前には返しきれない借りがある。いいだろう、叶えよう、その願い。だから」
「解っているよルルーシュ。では、私の願いを叶えるために、シャルルを裏切り、お前に全ての真実を告げる事にしよう。私の知る全てを、お前に」

魔女は口元に弧を描きながら、真実を語り始めた。

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